『ひたすら行灯を思う片想い速水』です。
とある曲のイメージを提示されたのですが、諸事情で歌詞しか見ていません。ごめんなさい;;
(ネットで探せば曲はあるんだけど…スピーカーが壊れた…)
将軍の片想いって…がっつり書いたこと無かったなぁ。
片想いから両想いにってのはよく書くけれど、片想いのまま終わるケースは珍しい。
そんな感じでちょっとメロウな将軍の小話です。
リクを下さったIさま。ご笑納頂ければ幸いです。
大空に想う
速水は北の大地を踏みしめて大空を見上げる。
桜宮では手に出来なかったドクターヘリがここにはあるが、現実が理想に追いつかないのはどこも同じだ。そして自分の理屈がここでは通用しない事を痛感していた。
そしてもう一つ、彼の地で手に入れられなかったのは…
「…行灯の奴、どうしてるかな?」
自分をここへと送り込んだ張本人に思いを馳せる。
学生時代からの親友で悪友で…愛おしい人。その想いを告げる事は決して出来なかった。
隣に並ぶ心地よさが恋心に変わったのはいつ頃だったのか。とにかく懐の深さと日だまりのような柔らかい笑顔にどんどん惹かれて、気付けば自分の中で唯一の大事な人になっていた。
大事で大事で…逆に何も言えず、手も出せなかった。
からかって馬鹿な話をして、友人のスタンスをとるのが精一杯だったなんて笑い話にしかならない。
速水がこちらに赴く時も「じゃあな、がんばれよ。」とそれだけで終わり、速水も「ああ。」とだけ答えて去ってしまった。
あの時に告白しても田口は最後の冗談か嫌がらせだと思ってしかめっ面をするだけだっただろう。彼は時に大胆ではあるが、いたってモラリストでもある。男に恋心を打ち明けられても困った顔をしながら受け流すタイプだ。
だから…速水は何も言わずに北へと旅立った。
一緒に来た花房には悪かったと速水は思う。他の人…しかも男に心を残したまま連れ立ってしまったのだから。
しかし女の勘は侮れなかった。一緒に暮らし始めた花房は速水に想い人がいることを看破したが、責める事はしなかった。
彼女もまた、忘れ得ぬ人の面影を残していたから。
恋心とは誰にとってもままならない物だと速水は内心で苦笑するばかりだ。
「先生の想いは相手の方に届ける事は出来ないんですか?」
「さぁな…究極に鈍そうだし、冗談だと思われるのがオチだろうな。」
と速水が自嘲すると、花房は優しく笑って言った。
「お友達から一線を越えるのは…難しいんですね。」
「!」
一瞬狼狽した速水に対し、花房は小さく笑っただけだった。
相手を知っての事なのか、それとも当てずっぽうなのか、彼女は何も言わなかった。それは花房のささやかな意趣返しだったのかもしれない。
速水は再び大空を見る。真っ青な空に白い雲がゆっくりと流れて行く。こんなに穏やかな気持ちで空を見上げた事があっただろうか。
病院の屋上で大空に思う事はドクターヘリの事ばかりだった。そして命が最優先のはずなのに、時にはそれを許さないオレンジの経済と運営の悪化。歯がゆい思いで大空を見上げていたのが事実だった。
しかし今は違う。様々な軋轢はあるが、それは速水を貶める為でなく考え方の違いなだけで、患者を救いたいと思う根本の気持ちは皆同じなのだ。
結局自分が井の中の蛙だった事を思い知った。
こんな時、田口に会いたいと思う。
「なぁ、行灯。俺は…独りだ。」
桜宮と繋がるこの空…。流れる雲に乗って、この言葉が田口の元へ届いたら何と言うだろう。
『馬鹿だな、いい年して。』
そんな暢気な声が聞こえて来そうだった。柔らかな笑顔と僅かなコーヒーの香り漂わせて、速水を遠くから叱咤していて欲しい。
「…想うだけなら……罪にはならないよな、行灯?」
この空は確実に桜宮と続いている。
独りだけれど…彼も同じ空を見上げてくれれば、そしてたまには自分を思い出してくれればそれで良いと思う。
「お前に呆れられないよう…頑張ってみるさ。」
そう呟いて立ち去る速水の背中を温かい風がそっと押した。
おしまい