土用の丑の日
「奇遇だな。」
昼の満天で速水と田口は出くわした。田口が持っていたのは本日の特別メニュー、鰻丼。
「お前がうどんじゃないなんて珍しいな。」
「ちょっと疲れてるから、スタミナつけないと。」
そう言って速水のトレイを見れば、そちらも同じく鰻丼。
「ふうん…」と言いながら速水がニヤニヤしている。
「何だよ、気持ち悪い」
箸を取る田口に速水は
「んじゃ、今夜行っちゃおうかな~」
「ぶっ!」
「俺もスタミナつけちゃうし~」
「語尾を伸ばすな!」
田口の抗議など聞き流して、小声で囁いた。
「今夜は行灯に離してもらえないかも…な?」
田口は男前な顔に熱い茶をぶっかけてやりたくなった。
―――誰が俺の体力を奪ってると思ってんだ!
秋の気配
「ふぁ~」
色気の無い声で田口が大きなあくびをした。
「なんだよ、夜はこれからだぜ?」
ヤル気満々で添い寝していた速水が不満の声を上げた。
「ダメだ…眠くなった…」
田口は目を擦るが、意識は遠のき始めている。
「おい、起きろよ。」
速水が強引にキスしようとしたら、寝息が聞こえた。
「…くそ」
睡魔に田口を寝取られ速水は不貞腐れる。確かに熱帯夜から解放されて、グッスリと眠れそうな涼しさだ。「気持ち良さそうに寝やがって…」
少し口を開けたマヌケ顔が可愛い。仕方なく今晩は睡魔に譲ってやる事にして速水も目を閉じた。
田口の匂いと寝息を感じて速水も垂直的に眠りに落ちた。
速水にとって田口は最愛の人であり、最上の安定剤。
殺伐とし緊張感あふれる日々の合間に訪れる大事なこの一時。身も心も解放し、田口との一夜を堪能するのが極上の幸せだ。
今夜は身体でなく心で繋がる…そんな一夜。秋の虫の音色が二人の寝息に重なった。