さて思い浮かんだしょうどんミニ小話を更新。
以前速水が3歳児並みのグリンピース嫌いだったら…な話を書きました。
今日のは速水の笑いのツボについて。こんな下らないことで大笑いしたら…と言うギャップ萌え(?)です。
×と言うより+なしょうどんです。
よろしかったらご賞味下さいw
怨霊の夜
発端は深夜、仏頂面で愚痴外来を訪れた速水の一言だった。
「あ~、最近笑いが足りねぇ…」
「…お前って笑いを求めるタイプだったか?」
田口は首を傾げる。速水とお笑い…あまりピンと来ない組み合わせだ。
別に彼が笑わないワケではない。ただ、今の発言のニュアンスからすると、大笑いを求めているようだ。
「んー、最近どうも疲れ気味でな。気分が鬱々とする。思い切りバカ笑いしたのなんていつの事だったか…」
確かに顔色が冴えないし労働時間さえ分からない勤務がざらになれば疲れも取れないだろう。
「それにお前だってここ数日構ってくれないし…」
恨みがましい視線を送られれば、田口は後ろめたくもないのに動揺してしまう。
「そ、そりゃ仕方ないさ。病院長直々のお願いで東京出張だったからな。」
「くそっ…あの腹黒タヌキめ。俺たちの逢瀬の邪魔をして楽しんでるんだな。」
悪態を吐きやさぐれる速水の目がすっと細まる。男前なだけあってその凄みは凶悪犯が裸足で逃げ出しそうだ。しかも刃物の扱いには慣れているから洒落にならない。
どうやら今日の彼の怒りの沸点は最低ラインらしい。
自分に難儀が降り懸かる前に、さっさとご機嫌麗しく退場してもらおう、と田口は決心する。
―――速水を笑わせる。
田口の脳裏に突然、遠い昔の記憶が蘇った。
おもむろにデスクの引き出しを開け、何かを取り出した。
それは…薄いプラスチックの板状のモノ。
文具の代表格(?)、下敷きだ。
「?」
と不思議な顔をする速水に、田口は珍しく不敵な笑みをこぼした。
「速水…笑いたいんだよな?覚悟しろよ?」
田口はにんまりと笑い、下敷きの両端を持った。
びよよよ~ん びょ~~ん
「………っぷ…」
速水が慌てて口元を押さえた。
―――よし、もうひと押し。
田口はもう一度下敷きをたわませる。
びよよ~ん びよ~ん びょ~ん
久しぶりにやるので、テンポよく鳴らすのが難しい。
びょ~~ん びよ~ベコッ!
たまにしくじって下敷きが跳ね返ったり、へこんだり。
「ぶっ…… ぶぅわはっはっはっはっは!!!」
今まで固まって堪えていた速水が、ついに大爆笑した。
たまに躓く変なテンポが妙にツボったらしい。
ソファに寝転がって、腹を抱えて笑い始めた。
この下敷きのまぬけな音が速水のツボだと知ったのはまだ若かりし学生時代。
たまたま持っていた下敷きを弾いたら、唐突に笑いだしたのでビックリした。あまりの笑いっぷりに、講義中じゃなくてよかったと胸をなで下ろした覚えもある。
速水いわく、腰が砕けるようなあの音の脱力感がいけないのだと言う。
久しぶりに聞くまぬけ音の破壊力は抜群だった。
速水の大爆笑は、真夜中の愚痴外来で延々と続いた。
「田口先輩!無事でしたかっ?!」
朝一番で廊下とんびが謎の言葉でけたたましく飛来した。
「はぁ?何言ってんだ?」
静かな朝のコーヒータイムを邪魔されて、田口の機嫌が下降線を辿るが、兵藤の興奮は収まらない。
「だって昨夜は当直だったでしょ?深夜の病棟に怨霊が現れたって聞きましたよ?!」
田口はコーヒーを吹き出しそうになった。
「何だそれ?!そんな非科学的なウワサをお前、信じるのかよ?」
「え~、だって実際にいるんですよ。怨霊の笑い声を聞いたって言う看護師が…」
―――まさか…
田口のカップを持つ手が止まった。
「はっきりとはしなかったけれど、地の底から響くような声でぞっとしたって。まさかウチの病棟で出るとは思いませんでしたが…。先生、本当に聞いてないんですか?」
「あ、ああ…知らないな。」
なるべく素っ気なく返して興味が無いように装うと、兵藤はぶつぶつ言いながら出て行った。
「…っ っくっくっ…ぷっ……」
扉が閉まると田口は机に突っ伏して肩を震わせて笑った。
どうやら速水の大きなバカ笑いが漏れ聞こえていたらしい。
まぬけ音で笑った声が、おどろおどろしい怨霊の声に聞こえたなんて滑稽すぎる。
あの時の速水は涙目で笑い転げて、ジェネラルの威厳の欠片もなかった。彼に恋いこがれる看護師達がその姿を見たら、百年の恋も一気に冷めるだろう。
ついには笑いすぎて呼吸困難みたいになってソファで俯せになり、最後にはまるで陸に上げられたマグロのようにひくついていたのだ。
そして大笑いでストレスが吹っ切れたのか、笑い疲れたと言ってひと寝入りして、起きた時には清々しくかつご機嫌麗しく帰って行ったのだった。
『さすがに怨霊もお地蔵様には手が出せなかったらしい』
なんて噂がまことしやかに流れたのは言うまでもない。
おしまい
本当は手を出しまくってますけど(笑)。