幸せ旅行
発車まであと5分。でも…速水は来ない。
やはりダメか…と半ば諦めつつも、周囲を伺う。
しかし、この混雑したホームの中に速水の姿は見当たらない。
3日前に大喧嘩をした。きっかけはほんの些細なことだったのに、気付けばどっちも譲れない大喧嘩に発展していた。
散々けなし合って速水の家を飛び出した後、怒りが収まらないまま自宅に戻ると無造作に出してあった旅行バッグを見てあっと思い出した。
「…そうだ……」
3日後はいつも忙しい二人がようやくそろって取れた週末の休暇。
せっかくだから旅行にでも行こうと言い出したのは自分だった。もちろん速水も喜んでいた。
近場だが静かな温泉地を選び、早めに列車と宿を予約した。
宿は落ち着けるよう、値は張ったが離れの部屋を取った。
めったに無い旅行……ものすごく待ち遠しかったはずなのに。
結局何も解決しないまま旅行当日になってしまい、田口はひとり指定の列車に乗ることにした。
発車のアナウンスが鳴り響いて慌てて列車に飛び乗れば そこで無情にも扉が閉まる。
動く車窓から未練がましくホームを眺めても速水を見つけることは出来なかった。
『やっぱり来ないか…』
田口は席に座ると小さくため息を吐いた。
何気なく見た隣の座席は当然…誰もいない。
つまらないことをした…と思う。しかし『後悔先に立たず』とは良く言ったもので田口は呆然と流れる車窓を眺めるほかなかった。
田口はようやく決心して携帯を握ってデッキへと出ると、速水へと電話をする。
でも…繋がらない。電源が切れているか、電波の届かないところにいるかのメッセージが虚しく流れるだけ。
「……速水…。何やってんだよ…」
思わず出てしまった呟きの声に、田口は自分がかなりへこんでいることにようやく気付いた。
何となく席には帰らずデッキでぼーっと過ごしていると次の駅に到着した。
乗り込んで来る人をその場でやり過ごせば、再び扉は静かに閉まって列車が進み出した。
席に戻っても隣の席は空のまま。
田口は再び流れる景色を眺めながら、そして速水のことを思いながら何時しか眠ってしまった。
トンネルに入ったところで田口は目覚めた。
どれほど眠っていたのかと時計を見てみればほんの30分くらい。それでもかなり熟睡できたようですっきりとした目覚めだった。
相変わらず隣の座席に人はいない…と思ったら、そこには
見覚えのあるコートと……コーヒー味のチュッパチャップスがひとつ。
きっと…
俺がいるのを見てちょっと困った顔でこれを置いていったに違いない。
でも、俺がいなかったらここでふんぞり返って「遅いっ!」って睨み付けるに決まってる。
それでも…田口かなり嬉しかった。
嬉しかったから、今度はチュッパチャップスを握りしめてもう一度眠ることにした。
離れていても、ちょっとだけ一緒にいられる幸せを再確認。
将軍は席に戻る前にメールで『ごめん;;』て絵文字付きで謝ると可愛いと思う。