正確には速水→田口です。
内容は『もしも将軍が…』のシリーズです。
え?そんなシリーズあったかって?……今、作りました、すみません;;
私的に一弾は『もしも将軍がグリンピース嫌いだったら』、二弾は『もしも将軍の弱点が××だったら』のヤツです。
そして今回の三弾は『もしも将軍の隠れた趣味が○○だったら』です。
実はこのネタ、先日桜宮クラスタの方とご一緒したデザフェスで降って湧いたネタです。
Yさーん!書いてみたよww あの時の話とはちょっと違うけどネタの参考にさせてもらいましたww
デザフェスはすんごい楽しかった!
おもわずリングとイヤリング買っちゃったw 全部一点物だから即買いでした。
では続きからどうぞ。
繊細すぎて伝わらない求愛
藤原が出勤すると、彼女のデスクの上に薄っぺらい袋が置いてあった。
「何かしら?」
中から出てきたのはきれいなレース編みだった。大きさからするとテーブルセンターにでも飾るものだろう。よくよく見ると驚いた事に手編みだった。
「誰かしらね?」
首を傾げたところに席を外していたらしい田口が戻って来た。
「おはようございます、先生。」
「ああ、おはようございます。」
「あの、これ先生ご存じ?」
藤原はそう言ってレース編みを差し出した。すると田口は笑いながら「ああ、私からです。」と事も無げに言った。
「え、先生が作られたの?!」
藤原が目を丸くして叫ぶと田口は
「違いますよ!もらい物なんです。」
と慌てて言い足した。
「あら、なら尚更悪いわ。せっかく先生の為に編んで下さった物を…」
「いいんですよ。もうウチには山ほどあるし、私が持ってても飾る場所がありませんよ。」
田口がほとほと困り果てたように肩を竦めた。
「でも…こんな素敵なレース編みをされる方が先生の周りにいらしたなんて…ちっとも気付きませんでしたわ。どんな方ですの?」
田口との長い付き合いの中で、こんなに色濃く女性の影を見たことはなかったので藤原は興味津々だ。
しかし田口はその問いに対して珍妙な表情を返した。
「先生?」
「うーん…もう時効だろうなぁ。本人もいないことだし。」
「?」
「あいつのイメージや面子もあるから…まあ、ここだけの話って事でお願いします。」
「あ、ええ、構いませんが。」
「実は…」
田口はもったいつけように、そして一応内緒話らしく声を低くした。
「実はこれの作者は速水なんですよ。」
「え…ええっ!」
藤原は思わぬ人の名を聞いて思わず声を上げてしまった。
「何で速水先生が?!いつからこんなレース編みなんて…」
あの女傑と名高い藤原が心底驚いていて、田口は苦笑してしまう。確かにあの速水がレースをちまちまと編んでいる姿など誰も想像出来ないだろう。藤原の驚愕も無理はない。
「遡れば学生時代ですよ。もう二十年以上のキャリアですね。まあ、そう頻繁に編んでた訳じゃありませんけど。」
「何で始められたんです?」
「きっかけは…当時付き合ってた彼女です。」
田口は遠い昔の記憶を探った。
「…お前、いったい何やってんだ?」
田口が授業をサボっていつもの隠れ家(隠れ部屋?)にやって来ると、先客の速水が奇妙な事をしていた。
「何って、見りゃ分かるだろ。レース編みだ。」
「それは分かるが、俺が聞きたいのは何でお前がレース編みをしてるのかって事だ。」
田口は呆れかえって溜め息混じりに問いただした。
速水曰く…
今付き合ってる女の子がとても編み物が上手く感心したら、毛糸だけでなくレース編みも嗜むと聞いた。彼女に言わせるとレース編みは繊細だから集中力が高まって時が経つのを忘れてしまうらしい。
「集中力を高める訓練にはうってつけだな、と思ったからちょっと教わったんだ。」
剣道でも外科手術でも集中力は大事だ。その訓練に精を出すのは勉強熱心で良いことだ…とは言いたいが、何となく方向性が違う気もする。
しかし当人はそんなことはお構いなしにせっせと指先を器用に動かし、縫合用の糸ではなくレース糸と格闘していた。
その後速水はどんどん腕を上げ、見事な柄のレースモチーフを編み上げるようになった。
「おい、今度は傑作が出来たぞ!」
速水は大輪のバラのモチーフを自慢げに取り出した。本人は訓練の一環だと割り切っているから、男がレース編みをすることを恥じる気はない。だからその成果を堂々と披露した。
「おい…お前な、俺たちの前だからいいが、他の奴らの前で見せたらドン引きだぞ?」
と島津が苦言を呈せば彦根も
「そうですよ。人気ナンバーワンの先輩がレース編みに興じてる知れたら、下手すれば変態扱いです。」
と、あまり人前で言わない方がいいと言う。
「何でだ?俺は別に変なことしてる気はないぞ。指先の細かな動きの訓練にもなってなかなか良いんだけどな。」
速水は二人の心配(?)をよそに、作品の出来映えにご満悦だ。
「……うん、綺麗に出来てるじゃないか。」
そう一言発したのは田口だった。
「え?」
島津と彦根はぎょっとして田口を見た。速水もその言葉にいち早く反応して破顔した。
田口はそれを見て、本当に感心したのだ。男の手とは、まして始めて間もない人の手とは思えないくらい綺麗な仕上がりだったのだから心底すごいと感じ、それを素直に言葉にしただけだった。
「だろ!」
「なかなか凝った模様じゃないか。まだ始めてそんなに経ってないのに、お前ホントに器用だなぁ。」
田口が感動したように言うと
「こんな事でも、やっぱ誉められると嬉しいもんだな。」
と速水は大いに照れた。
「でも島津や彦根の言う通り、お前が気にしなくてもあんまりおおっぴらに言える訓練内容じゃないと思うな。見せるんなら俺たちの前だけにしとけよ?」
田口にしても友人が白い目で見られるのは良い気分ではないのでやんわり釘を刺すと、今度は速水も素直に頷いた。
「そうだな。どうせ他の奴らに見せたって文句言うばかりだよな。誉めてくれるのはお前だけだ。」
速水は破格の笑顔で田口を見つめた。
それ以降、作っては田口に見せて、いつの間にか渡すようになっていた。
入局してからはさすがに回数は激減したが、年に二作くらいは編んでいるらしいく、その都度田口の元に持ってきていた。
「…そんなこんなで二十年以上ですよ。それも先日送られて来たんです。あっちで少し余裕が出てきたのかな?」
話を聞き終わった藤原は感心とも呆れとも、何ともつかない奇妙な表情で手元のレース編みを眺めた。
「そう言えば、レース編みを教えてくれた彼女は?」
「そりゃ…教えて間もない男に、自分が何年も掛けて培った技術を三ヶ月もしない内に修得されて追い越されたんじゃ面白くもないでしょうね。」
その点は藤原も大いに頷けた。二十歳を越えたばかりの女の子に寛容の心を持てと言うのは無理な話だし、速水の徹底ぶりも度が過ぎている。
―――それは今も変わらないわね。
と藤原は笑いをかみ殺した。
「まったく…せっせと編んでは持って来るもんだから、男の一人暮らしじゃどうにもならなくて段ボールに仕舞いっぱなしです。」
さすがに捨てるのは申し訳ないしなぁ、と田口はぼやく。
「島津先生にはあげなかったのかしら?」
「そう言えば…もらったって話は聞いたこと無いですね。彦根からも聞いてないな。」
田口は首を傾げたが、藤原は何となくピンときてしまった。
たぶん速水は、田口に誉められたい一心でせっせと編んだのではないか?
指先の細密な動きの訓練などと言いながら(それも本当だろうが)、田口の賞賛だけが欲しくて…田口の気を引きたくてこんな事を続けてるのかもしれない。
その推測はきっと当たってる。
今回の作品だってよく見ると、可憐なミニバラのブーケが散らされた柄だ。きっとバラの花束を送ったつもりでいるのだろう。
―――じゃあ、速水先生は二十年以上片思いなの?
藤原は今度こそ呆れ果ててしまった。その目の前では田口が「ウチにあるレース、引き取ってもらえませんか?」などと、知らぬとはいえ薄情な事を言っている。
―――これは…ダメだわ、全然。
藤原は完全に匙を投げた。
そして投げた匙は、力強く飛距離を伸ばし極北の速水の頭を直撃しただろう。
藤原は田口の申し出を丁重に断った。
おしまい